ハゲマルのブログ

社内底辺50歳の奮闘日記

再来年ついに潰れる母校

ハゲマルの出身高校が2025年3月を


もって廃校となります。


卒業したのは1988年2月28日だから


卒業後37年でなくなることになる。


中学3年の年末年始が人生で一番


勉強したと思う。毎日、12時間は


机に向かい、参考書を読み、公立私立


過去問を解き続けた。実家は


一軒家で住んでいる所も田舎なので


とにかく寒いのだ。今のような


暖冬な時代でもなく、朝起きると


窓ガラスがガチガチに凍るような


寒さだった。ストーブを入れて


何十にも着こんで勉強していた。


塾は夏には辞めた。単独でやった方が


効率もよく、10月に漸く志望校である


母校の偏差値が超えるようになった。


兵庫県は兵庫模試と福武書店の模試を


受けて、通常の定期テストに加算する


方式だった。夏の偏差値は3~5くらいは


下回っていたので先生にワンランク下の


高校を薦められた。12月には逆に


5上回り、人気のあった母校は埋まり


新設のワンランク上の高校を


チャレンジ校として薦められるまでに


成績は伸びていった。


チャレンジ校は市内の方で寮に入らないと


ならないため、やはり、元々の


志望校を選んだ。結果は合格だった。


あまりのドキドキで合格者のナンバーが


張り出された表示番が見れずに  


皆が見終わった頃に確認した。  


父が心配して見にきていた。


合格だった。多分、苦しんで合格した


昇格試験と同じくらい嬉しかった。


免許を取った時くらい嬉しかった。


でも、もうすぐ廃校になるんだなと


思うと一抹の寂しさに包まれ


当時、卒業式で在校生が歌った


長渕剛の乾杯をYouTubeで見ながら


懐かしむハゲマルでした😁